2006年06月08日

指輪の石に刻まれたペヴェレルの紋章とは? See this? See this? Know what the Peverell coat of arms is? シリーズ第6巻『HBP』第10章"The House of Gaunt"

さるおです。
スーパーポッタリアンなので、愛を込めて、ペヴェレルの紋章について考えてみます。
これは第6巻目『HBP』でほんの一言だけ触れられる、"あの指輪"のルーツについての検証です。ということはこのエントリーは『HP7』の大予想へとつながる可能性があります。ネタばれコメントも大歓迎なので、そっちも気をつけてね。記事は反転色にしてあります。
訳本は読まないので日本語訳がたまにヘンだと思いますが、それは許してください。
ハリポタ辞典のもくじはこちらです。

See this? See this? Know what it is? Know where it came from? Centuries it's been in our family, that's how far back we go, and pure-blood all the way! Know how much I've been offered for this, with the Peverell coat of arms engraved on the stone?
(さるお訳:これが見えっか?これだ!ほれ!何だかわかっか?どーゆもんかわかっか?ほれ!何世紀もうちにあんだぞ。うちは由緒あってずーっと純血ですーっと遡れんだぞ、あん?みんながどれだけ欲しがるか。石にペヴェレルの紋章が刻まれてんだぞ、ほれ!)

これはペンシーヴ内のシーン。オグデン(Ogden)がゴーント家にやって来てヴォルディのじーさん(Marvolo Gaunt)と対面した場面で、じーさん(このときはまだ中年)が怒りだしてオグデンにこう言います。

さて、ペヴェレルの紋章(Peverell coat of arms)ってなんだべか?
まずは、どんな紋章なのか見てみます。
剣が2本クロスしていて中央にヘルメット(兜)と楯、上部に獅子が描いてあるもの。大きな楯の中央に獅子が描かれ楯の上に王冠が配置されたもの。いろんなバージョンがあります。
ありゃーっ!蛇じゃないぞ、ライオンだ!

ペヴェレルを探してみると、2つありますね。地名と人名。
地名としては、イングランドの南西部の街プリマス(Plymouth)の近郊。
人名のほうは、こちらにおもしろいことが書いてあります。ペヴェレルさんは、ノルマン朝初代イングランド王ウィリアム1世の息子(あるいは弟?)らしく、私生児(ウィリアム自身も私生児だとか)だとか。イングランド中部のダービーシャー(Derbyshire)に城を与えられてそこに住んでいたみたいですが、その城にこの紋章が掲げられているそうな。
資料が少ねー、少ねー。なんだかわからない人です。時間をかけて調べてみるので、このエントリーはいずれ加筆されます。
お父ちゃんだとされるウィリアム1世(William of Normandy)というのは、1035年から1087年までノルマンディー公として、1066年から1087年はイングランド王として国を治めた人物ですね。彼と妻マチルダ(Matilda of Flanders)の間には少なくとも息子3人娘1人、彼の息子のうちの2人は後に王位を継承することになります。ひとりはウィリアム2世、もうひとりはヘンリー1世(Henry Beauclerc)です。巨漢だったこの王様(ウィリアム1世)は59歳でこの世を去りますが、亡骸がでかすぎて石棺に入らない!集まった司教たちがぎゅうぎゅう押し込もうとしたら石棺のほうが割れちゃった。教会内は悪臭が充満し、みんな逃げてしまったと、そういう話になってます。

ヴォルディのじーさんが我が家のルーツの証だと言っている以上、これは人名をたよりに考えてみるべきだな。
私生児。これは婚姻関係のない男女間の子供だから、ウィリアム1世が認知してない子だよね。でも、まぎれもなく王の血筋です。
ヴォルディのじーさんは、王(王たる者)の血筋の証明(たとえば生物学的に直系とか)であろう指輪を持っていた。それは何世紀もの間、ゴーント家で継がれてきた。これはゴーント家が王の末裔である(由緒正しく純血だって意味かな)証だぞ。王族(純血の中の純血)に向かって、何だこのやろう、ひかえおろ〜!そう言いたかったんじゃないか。

同じくこちらを元に、別の側面から、王の末裔としてのゴーント家を眺めてみるね。
実在の(!)ゴーント(Gaunt)なる人物(ジョン)について知っておきましょう。
ジョン・オブ・ゴーント(John of Gaunt)、ランカスター公(Duke of Lancaster)です。
14世紀、イングランド王エドワード3世と、バランシェンス(現在のフランス)から嫁いできた女王フィリッパ(Philippa of Hainault)の、4番目の息子で、1340年にゲント(Ghent)で生まれたことから、ジョン・オブ・ゴーント(John of Gaunt)と名乗ります。初代ランカスター公の次女(Blanche)と結婚して自身もランカスター公となるわけだけど、超リッチなゴーントは王家の政策やら跡目争いやらに多大な影響力を持ち、もれなくドロドロの王位争奪戦に巻き込まれていきます。
ジョン・オブ・ゴーントを後継するランカスター家からはヘンリー4世、ヘンリー5世、ヘンリー6世を輩出。正式ではない後継者(つまり私生児)はチューダー家(the House of Tudor)へと吸収されていきますが、この血筋からもヘンリー7世が王位につく。娘フィリッパはポルトガル王ジョン1世に嫁ぎエドワード王を生み、エリザベスはエクセターの公妃となり、キャサリンはカスティリャの王ヘンリー3世に嫁ぎます。
なんかよくわからんがものすごい家系っす。
ジョンの甥っ子リチャード2世がジョンの多大な影響力に大反発。後継者であるジョンの息子、後のヘンリー4世(Henry Bolingbroke)を国外追放に追い込みます。その1年後の1399年ジョンが亡くなったときには領地没収でとどめを刺しますが、父ジョン・オブ・ゴーントの死を知ったヘンリー4世が帰還して大反乱を起こし、イギリス王座に就きます(1399−1413)。これでランカスター朝がはじまるわけっすね。
王位争奪戦に巻き込まれたといっても、当の本人は欲張りだったわけじゃなくて、人気がありました。悪役はリチャード2世側。ジョン・オブ・ゴーントは"the last Englishman"、息子ボリングブロク(Bolingbroke)は"a true Englishman"と呼ばれました。
さて、これは余談ですが、ジョン・オブ・ゴーントと結婚したBlancheは1369年に亡くなっています。詩人のジェフリー・チョーサーが彼女に捧げたと言われる"Book of the Duchess"には"Black Knight"と"Lady White"が登場します。あー、たしかに、Gaunt(気味の悪い)を名乗る家に、ブランチ(白い)という名の人が入籍するのはなんだか不思議な感じです。

たしかにハリポタと符合するな。
ボリングブロク(Bolingbroke)が国外追放されて不在の間に、父ジョン・オブ・ゴーントは亡くなっている。
モーフィン(Morfin)がアズカバン刑務所(Azkaban)にいる間に、父マーヴォロ(Marvolo)も亡くなります。

Slytherin's! Salazar Slytherin's! We're his last living descendants, what do you say to that, eh?

やっぱり、オイラ達はサラザール・スリザリン(王たる者)の末裔だぞ、そう言ってます。ほとんど水戸黄門(笑)。スリザリンの紋所が目に入らぬかぁーっ!頭が高い!ひかえおろ、ひかえおろーっ!

しかしですよ、蛇のはずのスリザリンの紋章が、なぜライオンなのか?
ライオンの紋章は、グリフィンドールのものではないのか?
ここではヨーロッパ史とハリポタワールドの背景がリンクしています。
ペヴェレルの父(王たる者)は、グリフィンドールなのか、スリザリンなのか?


様々な疑問が沸いてきますね。たった一言しか出てこない"ペヴェレルの紋章"が、これまたハリポタの世界観に通ずる伏線として活きてくると重厚さが増すな。ハリポタって隅々までおもしろいっす。

心ゆくまでさるお、もんち!


posted by さるお at 12:20| Comment(9) | TrackBack(1) | ハリー・ポッター大辞典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。