『SYRIANA/シリアナ』を観たよ。
監督・脚本は『I STILL KNOW WHAT YOU DID LAST SUMMER/ラストサマー2』『TRAFFIC/トラフィック』『RULES OF ENGAGEMENT/英雄の条件』『THE ALAMO/アラモ』の脚本家スティーブン・ギャガン(Stephen Gaghan)。原作はロバート・ベア(Robert Baer)の衝撃作『SEE NO EVIL:The True Story of a Ground Soldier in the Cia's War on Terrorism/CIAは何をしていた?』。
出演
ボブ・バーンズ / ジョージ・クルーニー(George Clooney)
ブライアン・ウッドマン / マット・デイモン(Matt Damon)
ジュリー・ウッドマン / アマンダ・ピート(Amanda Peet)
ジミー・ポープ / クリス・クーパー(Chris Cooper)
ベネット・ホリデイ / ジェフリー・ライト(Jeffrey Wright)
ディーン・ホワイティング / クリストファー・プラマー(Christopher Plummer)
スターン・ゴフ / ウィリアム・ハート(William Hurt)
ワシーム / マザール・ムニール(Mazhar Munir)
ナシール王子 / アレクサンダー・シディグ(Alexander Siddig)
メシャール王子 / アクバール・クルサ(Akbar Kurtha)
ワニー・ドルトン / ティム・ブレイク・ネルソン(Tim Blake Nelson)
テリー・ジョージ / ジェイミー・シェリダン(Jamey Sheridan)
ロビー・バーンズ / マックス・ミンゲラ(Max Minghella)
ベネット・ホリデイ・Sr. / ウィリアム・C・ミッチェル(William C. Mitchell)
ほか。
これでアカデミー助演男優賞を獲ったジョージ・クルーニーはスティーブン・ソダーバーグ(Steven Soderbergh)らとともに制作総指揮。
http://syrianamovie.warnerbros.com/ (英語)
http://www.syriana.jp/ (日本語)
この作品は観る価値ありだNE!(断言)
ただし、条件がある。人の世界がどうなっているのか、つまり世界を動かす"大物"たちのパワーゲームに、興味すらない人は観てもおもしろくないっすね。ストーリーが複雑で、登場人物を把握するのも大変、うかうかしてると置き去りになります。
しかし価値ある作品なので、感想文というよりガイドを書きます。
まずタイトルの"SYRIANA"とは何かというと、国の名前です。イラン、イラク、シリアをひとまとめにした民族国家を想定した仮想国家の名前(コードネーム)です。ワシントンのシンクタンクで実際に使われているコード。つまりアメ〜リカの勝手な中東再建コンセプトのもと、アメ〜リカが勝手に名付けた名前です。これは極めつけのマニアでなくても、中東問題にある程度の興味を持っている人ならばおそらく誰でも知っている、有名な国名です。
ということは、冷たいようですが(泣)、この作品はそもそも、何も知らない(中東問題に興味のない)人向けには作ってない。タイトルを観た途端に「アレのことだな!」とわかる人だけが観ればよろしい。そーゆー姿勢で作られた作品です。つくづく、オカシナ邦題がつかなくてよかったっすね(涙)。
ほんで、"アレのことだな!とわかる"ということは必然的に、告発映画ではないわけで、新事実は何も出てこないし、驚くようなこともない。ドキュメンタリーとして今までに何度も取り上げられてきた既知の中東問題、既知の世界情勢を、今度は映画にしてみたというだけなんでござる。
つまり、シリアナという国を知っている人が作って、シリアナという国を知っている人に観せて、お互いに「うんうん」と頷ければいい。そーゆー作品です。
でもね、この映画をスタートにして世界を眺め始めてもいいんじゃないか。さるおはそう思うので、ここからガイド風になるわけっす。
凄腕諜報員で中東のスペシャリストだった実在のCIAエージェント、ロバート・ベアが、長年にわたり数々のインポッシブルな極秘ミッションをやり遂げてリタイアして、『CIAは何をしていた?』ちゅー本を出してるんですが、この本はCIAの告発本であり、全米が大ショックで慌てた問題作なわけです。内容はこうです。
冷戦が終わって、敵国ソ連をある意味失ってしまったアメリカ中央情報局は、やることが無くなっちゃってやる気も無くなっちゃって、ダラダラになっちゃった。さらに、人工衛星から地上が丸見えの今、電子情報の価値が上がったかわりに、人を頼らなくなっちゃって、これまたやる気無し。上層部は、中央政府とつながった官僚的な人たちで椅子が埋まり、世界に誇る諜報機関CIAはもうグズグズですよ。おかげで9.11テロもわかっていながら止めることができませんでしたね。
とまぁこんな感じです。この『CIAは何をしていた?』をベースに、報道されないアメリカと中東の産油国をめぐるドロドロの関係を暴く、これがこの作品です。
低予算映画ですけど、有名どころのリベラルな俳優さんたちがこぞって出たがったっちゅーことで、業界でも市場でも話題作。俳優陣は豪華だぞ。
舞台はアラブの某石油産出国、この国には王様(ハマド)と、2人の王子様がいます。
王位を継承する第1王子(ナシール)は、米国石油メジャーの不当な支配から脱却して自由競争による石油ビジネスで儲けたら国を再建しようと考えているカリスマ的な人気者。エネルギー専門家とタッグを組んで王位継承後の政策をいろいろ考えてがんばってます。
米国石油メジャーにとってはナシールの政策は大迷惑。弁護士事務所と組んで作戦を立てたり、米国政府を経由してCIAによるナシール暗殺を企てたりしている。んで第2王子(メシャール)を王様にして丸め込めばいいや、ちゅー魂胆。
物語は、数人の機軸となる人物について、はじめはそれぞれに語られます。それが最後の最後に急速に収束していくわけですけど、ちょっと機軸となる人物それぞれについて書いてみます。
米国CIA諜報員ボブ・バーンズ(ジョージ・クルーニー)
並々ならぬ実績を持つ中東のスペシャリスト。ワイフも諜報員。家庭を顧みず母国のために働いてきたボブは、息子ロビーも大学生になるし、そろそろ現場は引退してデスクワークでもやろうと決めている。最後のミッションはテヘランでの武器商人暗殺。ところが、ターゲットは爆殺したものの、"青い目の男"にスティンガー・ミサイル1機を奪われてしまう。半成功のままワシントンへ戻ると、紛失したミサイルが気になってしょーがないボブにCIAは「そのことは忘れろ」と言い、もう1つだけ、本当に最後の重大極秘ミッションが待っていた。アラブ某国の王位継承者ナシールがテロ組織に資金を流している悪者だから、殺せと言う。ベイルートに乗り込んで暗殺計画を実行しようとしたら現地の仲間に裏切られて捕まり拷問されるわ、母国に戻れば済んだはずの武器商人暗殺事件でFBIに追われるわで、ついに自分が置かれた絶望的な立場を知る。石油ビジネスの大物が邪魔なナシールの暗殺を企て、その任務で白羽の矢が立ってすべてを見てきた自分が別件を口実に消される番じゃねーか。母国のためと信じて命がけで働いてきたのに、母国が自分を消そうとしている。自分と家族を守る唯一の方法は、王子の暗殺を阻止すること。
弁護士ベネット・ホリデイ(ジェフリー・ライト)
ナシールの政策で採油権を打ち切られた米国の巨大石油企業コネックス社が抱える弁護士。先輩の主任弁護士シドニー・ヒューイットとは違って現場担当。上司のディーン・ホワイティングは、米国司法省より先に、キリーン社の採油権獲得の裏にある疑惑を調べろと言ってきた。小さい会社のくせに仕事なんか獲っちゃって、汚い手を使ったな、というわけです。弱みを握っておいてから、カザフスタンの採油権を獲得したテキサスの小さな石油会社キリーン社との合併計画を有利に進めるのがコネックスからの指令。
日本と違って、米国の弁護士事務所は強い。代理人などではなく、人脈と陰謀の中心にどっかり座って権力を握っている。ディーン・ホワイティングは、ナシールじゃなくて米国の言いなりなメシャールに王様を継がせるようハマド王に圧力をかけたりなんかして怖い人です。
アル中パパとの確執、野心、弁護士としてのビッグチャンス、これで自分も大物になりたいからはりきるベネット。
しかーし、ヒエラルキーを理解し駒として捨てられる立場に気づき、自らのために反撃に出る。
結果、お互いに叩けば埃の出るキリーンとコネックスは1名ずつ"大物"を犠牲にしてめでたく合弁。
エネルギー専門家ブライアン・ウッドマン(マット・デイモン)
ジュネーブのエネルギー商社勤務。新進気鋭のエネルギー専門家。アラブ某国の王様主催のパーティに招待されて出かけていったら事故で息子が溺死。責任を感じた王子ナシールに、相談役に取り立てられる。妻は「あんた死んだ息子で商売すんのやめてよ」なんつって傷心のまま帰国。
王位を約束されたナシールは、米国の巨大石油企業コネックス社との契約を打ち切って、中国へ採油権を売ろうかな、などなど改革路線を打ち出して準備している。自国で採掘したほうがいいよ、と提案するブライアンは、すっかり王子の片腕になって片時も離れない。暗殺の瞬間も離れませんよ。
パキスタンの青年ワシーム(マズハール・ムニール)
おとうちゃんと2人でアラブ某国で働くパキスタン人出稼ぎ労働者。職場はコネックス社の採油場。ナシールが採油権を中国へ渡してしまったために、突然解雇で路頭に迷う。働いてお金貯めて、おかあちゃんも呼ぼうと思ってたのに、いきなりの失業はきついっす。仕事は見つかないし、仕事探しのための滞在猶予すら認められない。ナシールは、あちら側から見ればカリスマだけど、しかしこちら側から見れば出稼ぎ労働者に対して冷酷なわけです。困り果てて絶望したワシームたちに救いの手を差し伸べたのが地元のイスラム神学校。飯食わせてくれっぞ、と言ってお友達もみんなイスラム神学校に行くわけです。
そこで紹介されたのは"青い目の男"。青い目の男が語る過激なイスラム教原理主義にいつしか導かれ、運命が大きくシフトする。穏やかな優しい若者は、いかにしてテロリストに変貌するのか。
恐ろしく、複雑で、愚かしい現実がここにある。
権力者の都合、労働者の都合、カリスマ王子の生み出す多面体、越えられないヒエラルキー、偏重な合理主義、忠誠より重い陰謀、洗脳、そして、貧しい人々に食事や教育を提供しつつテロリストを養成するイスラム神学校。
EVERYTHING IS CONNECTED. すべてがとぐろを巻いている。
お金ってこわいですね。石油ってこわいですね。欲張りな人ってこわいですね。
あんたライスだなーっ!ほんであんたはオルブライト!こっちはラムズフェルドか?
!!!
出たぁーっ!オサマ!
などという見どころもあります(爆)。
脚本は素晴らしいっすね。みなさんの"事情"と"思惑"が幾重にも折り重なったシナリオです。
『TRAFFIC/トラフィック』みたいなカタルシスは無いよ。ヒーローもいないし解決もしない。そこがこの作品の良さです。"楽しい普通の映画"だと思って観てはいかん。それはタイトルですでにこちらが要求されていることです。うかうかしてっと置いてかれっからな、1回観て終われる映画じゃなくて、何度も観て、すごくおもしろくなる作品じゃないかな。
いや〜、ケツの穴は観る価値ありだYO!
心ゆくまでさるお、もんち!