2008年08月24日

アンデルソン・ルイス・デ・ソウザが特別な理由

さるおです。
さるおがいちばん好きなフットボーラー、デコさん。勝つこと以外は我慢ができない、負けん気の塊のようなデコさん。チームに心臓の鼓動をもたらす、世界最高の、中盤のマジコ。出会ったときから、いつだって、なぜか特別に思えたデコさん。とても愛してますね。
そのデコが、さるおがいちばん好きなクラブ、FCバルセロナに来てくれて、夢のようでした。リーガは2連覇で欧州も獲った、ポルト時代と合わせて、すごい人っす。ほんでね、彼がバルサを去った今、なんかしらんけど書いておこうと思うわけです、これはほとんどデコが天に召されたときに書く文章なんじゃねーかと思うほどに、とくとくとしつこいくらいの偏愛のさまを(笑)。さるおがなぜ、デコを特別だと思うのか、その理由を。アンデルソン・ルイス・デ・ソウザは結局んとこ"ポルトのデコ"のような気もしますが、環境的に、さるおはバルサのデコをくまなく見続けてきたんだから。

1977年8月27日、ブラジルの南東部、サンベルナルド・ド・カンポという街でデコは生まれます。サンパウロの衛星都市っすね。自動車作りで成り立っている大きな商工業都市です。2歳のときにデコの家族は州内のもっと田舎のほうにお引っ越しです。インダイアトゥーバ、そこがフットボーラー・デコの原点。道端で裸足のまま、友達と一緒にボールを蹴りはじめます。
9歳になると、サンパウロ州でサンパウロに次ぐ大きな隣町カンピーナスの少年チームに入ります。このときのデコ少年のポジションは、大人になった今と同じ、中盤。このときすでにデコのスタイルは"ほとんどできあがっていた"んだと思います、理由は後で書きますが。
さらにこの年、スカウトでグアラニFCというクラブに入団してしまう。グアラニというのは地元のプロチームです。アイウトンさんとか、マウロ・シウバさんとかレナトさんとかが在籍していたクラブっすね。とにかく、9歳のマジコ誕生ですよ。"バルサのカンテラに入った"というのと同じ状態っすね。9歳にして、プロ・フットボーラーへの道が拓けてきたかに思えました。
15歳までの6年間をグアラニFCでお世話になったデコさんは、このへんからフットサルに転向しています。小柄すぎてサッカーは無理と言われたとかね、これは有名な話。カフーさんがいたSEパルメイラスとか、ロビーニョさんがいたポルトゥアリオスとか、転々と、流浪の人生のはじまりです。
4年後、18歳のデコは再びフルグラウンドに戻ってきました。名門サンパウロFCの中盤でコパ・サンパウロ(U-21)をかきまわし、その翌年には名門コリンチャンス・パウリスタ(いわゆる"コリンチャス")のユースに移籍します。そして97年のコパ・サンパウロではファイナリストにまで登りつめる。瞬く間のできごとっすね。
その年デコはコリンチャンスのトップチームに昇格します。ところが、クラブ側はなんだか冷めてるわけですよ。デコが掴んだ栄光の数々を今になって振り返れば、このときのコリンチャンスは「デコのチームを作って南米を獲ろう」くらい言ってもおかしくない。でも現実は違いました。ベンチに座らされる。我慢できないデコは、名門クラブのベンチで夢を見るよりも、弱小クラブでかまわないからピッチに立ちたいと、移籍を決意します。
ブラジル北東部、アラゴアス州、これまででいちばん遠いお引っ越し。そこでコリンチャンス・アラゴアノという、マセイオの町の無名クラブに入ります。ところが、ピッチに立てると思ったのに、さらに無名のCSAというクラブにレンタルに回されてしまいましたよ。
失意のデコをわずか40日で救ったクラブ、それがポルトガルの名門SLベンフィカです。というより、CSAのトレーナーをやったいた人が、デコはすごいよと、推薦してくれた。曰く、"デコはセレソン入りする能力を持っている"。
流浪の人、デコ。たった1年で4つのクラブを渡り歩いた19歳のマジコ。サンパウロを捨てても、コリンチャスを捨てても、ただひたすらピッチを求めた男。
ほんとにもういろんな意味で、何もかもがかわいそうなくらいに瞬く間のできごとっす(涙)。
ついに欧州上陸ですよ。ここで腰を落ち着けてがんばるぞと、楽しみにしてやってきたに違いない。
ところが、またしても、ベンフィカは新天地ではありませんでした。着いたとたんに、ベンフィカはなんとデコを"関連クラブ"のFCアウベルカに登録してしまいました。ポルトガルの2部リーグです。ベンフィカに裏切られた、そう言ってデコは泣きました。
でも、泣いて終わらないのがデコ。この逆境からこそがデコの見せ場のはじまりっす。32試合出場、ミッドフィルダーなのに13得点。あっという間にアウベルカを1部リーグに昇格させちゃった。
このときならばベンフィカに戻れたのかもしれない。でも、ベンフィカに裏切られた、1年前の涙をデコは忘れていません。かつて、19歳でコリンチャスを捨てた男は、20歳でベンフィカを捨てます。
ビッグクラブだというだけで、ベンフィカに飼い殺されたくない。この契約から抜け出そう。
98年、サルゲイロスへ移籍です、ほとんど無理矢理。つまりベンフィカとは喧嘩別れ。そして本当にやっと光の当たった99年、デコは"自分を必要としてくれる本当のビッグクラブ"FCポルトに引き抜かれて行きます。
ポルト・デビューは99年3月。02年になるとジョゼ・モウリーニョがやってくる。ポルト在籍の5シーズンで、2度の国内リーグ制覇、タッサ・デ・ポルトガル(ポルトガルカップ)4回とスーペルタッサ・カンディド・デ・オリベイラ(ポルトガルスーパーカップ)3回、そしてヨーロッパが舞台のUEFAカップもCLも、すべてを手に入れます。これまでの借りを返すように、まさに負け知らず。
そのころ、例のスコラーリ音頭のブラジル人監督ルイス・フェリペ・スコラーリがポルトガル代表の指揮を執るようになります。
同じころ、セレソンを率いるパヘイラ監督は、「デコにはセレソンは無理」発言。
こうしてデコは03年3月にポルトガル国籍を手に入れ、ポルトガル代表選手となるわけですね。"自分にすべてを与えてくれたこの国に恩返しを"するために。
男フィーゴが帰化選手は嫌だと言ったとかなんだとか、若干の物議は醸し出しましたが、ユーロ2004の進行と共にルイ・コスタからレギュラーの座を奪い取り、ポル代は準優勝。辿り着いた国ポルトガルに認められた瞬間です。
そういえば、デコが初めてポル代のユニで戦った相手は、自分を拒否した母国セレソンでした。あのときデコは決勝ゴールをたたき込み、2-1でセレソンに勝ったんだったなぁ。
さて、ユーロ2004も終わり、ついにフットボール界の頂点に立ったデコはロニ子の待つFCバルセロナに移籍します。リーガ2連覇、CLもまた獲りました。
輝いた時代を振り返って思うことは、"ポルトのデコ"ではなく、"モウリーニョのポルト"でもなく、あれは"デコのポルト"だった、ということ。そして、ヨハン・クライフが「本当に特別な、素晴らしいテクニックにあふれる選手だ」と言ったとおり、バルサは、ロナウジーニョではなくデコだったと、そう思います。

ここまでで、さるおがデコを特別だと思う理由の半分です。
フットボール界には、デコの比じゃないとてつもない苦労を積み重ねてきた人がたくさんいる。デコが特別な苦労人なわけではありません。そーではなくて、世界の頂点を目指す青年が、その力量を持つ若者が、コリンチャスを捨ててアラゴアノに行く、ベンフィカを捨ててサルゲイロスに行く、掴みかけたかもしれない栄光をそこに置いて、プレーできる環境を選び取る、その勇気が、すげーかっこええぞと思うわけです。とてもとても曲がりくねった道を、デコは歩いてきたんですね。

さて、理由のもう半分。
ピッチのど真ん中、デコはそこから動き回り、ボールと相手選手を追いまわし続けます。守備であれば、相手のパスコースを切って身体を寄せて行く、猛然とスライディングをお見舞いすることもある。ボールを奪うと、即座に攻撃を組み立て始めます。右へ左へ、ドリブルで相手の陣形を切り裂き、あるいは自陣深くからボールをはたいて前線に送り込む。圧倒的に速い判断能力で数手先を読み、チーム全体を動かして行く司令塔です。
さるおはデコの守備も攻撃も好きです。デコがいるかいないかで、バルサがどれほど"一変"したことか。デコがいれば、チームは勝者のメンタリティと連携を取り戻す。
11のハートに火をつけるデコのプレーのすごさは、たとえば"汚れ仕事"にあります。相手を追いかけ、身体ごとぶつかり、芝を滑ってまさに泥だらけになる"泥臭さ"が魅力。世界の頂点に君臨するスター選手のほとんどが美技を得意とするのに対して、デコは身体を使うほうを好む。
たとえばまぁまぁ最近で思い出すのは、やる気ナッシングのマドリーでジダンが頭からゴールに突っ込んでいった、あの瞬間。案の定、ジズーはポストに頭をぶつけて「いたたたた」とか言うわけですが、あのときは「世界のジダン様にそこまでやらせるか。ジダン様にそこまでのガッツを見せてもらわないと、だめなのかよ、おまえらー」と思ったわけです。いつもは華麗にくるくると舞ってルーレットを披露しているジズーが"泥臭いプレー"をしたことに感動して、同時に、しっかりしろマドリーと。ロナウジーニョにしてもそうです。才能あるスターはとにかく、かっこわるいことはしない、怪我したら嫌だし。ところがデコは、"汚れ仕事"の専門家、何も怖がりません。ファウル王と被ファウル王を兼任するのはデコのデコたる証です。
連携を呼び起こすデコのプレーのすごさは、たとえばパスにあります。人より速く、まるでとても簡単なことのように計算されつくしたパスを出す。ベカ〜ム様のようにゆっくりじっくりうまいパスを出すのではなく、瞬時に、味方が扱いやすいパスを出せる。デコは、チャンスを供給しまくってサプライズとスペクタクルを生む攻撃のアーティストです。あるいは、どこに走ればいいかを嗅ぎ分ける嗅覚を持ち、ワンタッチのパス交換を、リスクの高いグラウンダーで展開して行く。デコには試合が見えている。そう感じるときがあるんだよ。少なくとも、例えば5秒先のできごとが、彼にはわかっている。デコは頭のいい選手で、すべての動きを的確に読み、ボールが来るかどうかわかっているようなときがある。だから攻守の切り替えが速い。だから動きはじめが人より早い。
そしてまた、すぐそばいる敵の足元から30cmのところを、その向こうの味方めがけて、デコはおかまいなしにボールを転がしてしまうんですね。なんだか、敵との距離は短いほどいいと思っているみたい。狭いほうへ、より狭いほうへ。普通なら嫌がります。敵が近づいてきたら離れたい。だけどデコは、敵が寄ってくると、自分も寄ってっちゃう。そんな選手いませんて(笑)。デコのプレーを見ていると、敵にしょっちゅうボールを獲られるわけですよ。でもいいんです。それは、デコが何も怖れていない証ですから。下手なんじゃなくて、素晴らしいのはここなんです。1対1で、いや、1対3でも、来てみろと誘いながら自分が行っちゃう(笑)。相手との間合いをつめて、狭いスペースに入り込み、その小さな空間の、入口とは違うところに囲みを破って出口をこじ開ける。あるいは浮き球で目の前の壁を超えていく。

ほんと、素晴らしいのはここなんすよ。これらの長所が意味することはこーゆーことなんです。
デコの出ている試合を観ていると、デコのまわりに"ストリート"が見える。友達とボールを蹴って獲ったり獲られたりして遊んだストリートが深々と香る。そう、スタジアムみたいに広くないけど、そこは彼らのピッチだった。コドモのころのデコは、仲間と集まり仲間と競争して力比べして、接近戦をしていたはずなんだよね。そのとき身に付けた抜群のボディバランスと勝負強さと判断の速さを武器に、今でも彼は同じ戦い方をしている。オトナになっても、自分が出発した場所をけっきょくは離れてないんです。幼少期にストリートで培った抜群の空間認識能力を、今も"そのまま"使っている。ストリートの面影を、こんなに色濃く残すトップ選手はそういません。
今も"DECO"のまま、今もストリートにいるんだなー。
(Andersonは短くすると"De"+Cuzinho(おしゃべり)=Deco(おしゃべりアンデルソン)

泥臭い汚れ仕事をして、体当たりのスライディングをして、ストリートのスタイルを失わず、攻撃を組み立てて仲間に指示を出し、ミドルも撃てて、休むことなく走り続け、コリンチャスやベンフィカを捨ててしまう選手。それがデコ。現代のプレッシング・サッカーにおいて攻守の両方を最高レベルで司り、シューターでパサーで潰し屋で、敵も味方も、ゲームそのものをも動かす、世界最高のミッドフィルダー、それがデコ。
これだけの個性を、たったひとりに凝縮した選手。このレベルのこのタイプは他に存在しません。ベンフィカにも、セレソンにもね。逃した魚はかなりでかかったんです。
そーいえば、パヘイラ監督は後にバルセロナのデコを訪ねています。あなたをよく知らないでマスコミにへんなこと言ってごめん、と言いに。"あなたをよく知って"いたら、セレソンはデコを呼んだかな?これはもう永遠の謎っすね。とにかく、今のセレソンにデコのタイプはいません。世界でたった1つしかない、替えの効かないその宝を、逃してしまいましたね。

ほんとはバルサでじっくりフットボールを楽しんで、それから最後に、小さい頃から応援していたコリンチャンスでプレーしたいと思っていたデコ。ここと決めたら長くプレーしてチームの顔になりたい。その夢はバルサで叶えるはずだった。
1ヵ所に長居できないのはデコの宿命なのかもしれません。ボールを蹴り始めたときから、いつだって、戦場を求める自らの情熱がデコにそれを許さなかった。遠回りをしながら、フルグラウンド・サッカーの舞台に戻り、若いころはピッチを求めて、今は勝利の請け負い人として、曲がりくねった道を旅する人。転校しまくる小学生のような生活が終わりませんよ。
引っ越しはあと1回だけのつもりが、チェルシー経由になっちゃったねー。

あと数日で31歳の誕生日。プレミアの08-09シーズンはもうはじまっています。8月17日のチェルシーはポーツマスに4-0の勝利、デコも初戦でいきなりゴールっす。今夜はウィガン戦、勝ってね。(右ウィングもやっちゃったりして、4分のFKをあっさり沈めて決勝点っすか。すごすぎー。)
バルサの弟レオも五輪金メダルを獲ってがんばってるし。
もうすぐスペインも新しいシーズンがはじまりますよ。
デコに幸あれ、バルサにも幸あれ。
ついでに、奥さんに「何それ、やっだぁー!」と怒られて、すじ彫り以降作業のはかどらない、背中の中途半端極まりないゲイシャさんに、いつの日か色が入りますように。

心ゆくまでさるお、もんち!
posted by さるお at 23:50| Comment(6) | TrackBack(0) | フットボールあれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
さるおさん、熱い熱いデコ談、じっくり読ませてもらいました。
デコは天性のボヘミアンなんですね。
常に自分を一番生かすことのできるクラブで精いっぱいやる。
だから、バルサには拘らず・・・

チェルシですっかり中心人物になってるデコを見ると
嬉しいような、悔しいような、寂しいような・・・
見た目も若くなっちゃったし・・・

正直言って 「いやーーーん!!!」 って感じです。
Posted by マルヲ at 2008年08月25日 12:49
さるおさんてばもうもうもう・・・グスン。なーんか鼻がツンとしちゃうなぁっっ。。
思えばドイツW杯後、さるおさんのデコ愛記事にハマって、一気にデコ・ワールドの虜になったんだよなぁと、思い出しました。
なんつーかもう、さるおさんのデコ愛は、
あったかくて、でもってすごーーくでっかいです。
夢でもいいからデコに会えたら言いたいです。
「日本にねー、こんなにデコをたくさん愛して愛して愛してるヒトがいるんだよー!!」って。
そしたらきっとね、デコ、
「知ってるよ」って、言うと思います。
もうね、なにがどうなっても、誰がどうあっても、デコ最高!さるおさんのデコ愛最高ですっっ!!
Posted by まーる at 2008年08月25日 19:28
さるお先生の「デコに歴史あり」しみじみと拝見させていただきました。
デコありがとう!さるおさんありがとう!
そして、これからもどうぞよろしく!という気持ちでいっぱいです。
ユーロからイキイキとプレーしていますよね。デコさんが輝いていてくれれば、どこのユニを着ていようとも、その勇姿を見られることが幸せなんだなぁ〜と実感しております。それにしても、ミドルやFKあんなにお上手でしたかしら?
標的に当てず(当てる方が難しい!)ズバーン!とかっちょよくキメキメですっ!
不安がる周囲を、デコならではのプレーで信頼を勝ち取る術はさすがですね!
チームメイトに祝福されている小柄なデコさんが愛おしすぎるので、
私はこれからも、ずーっと、デコを愛でてゆきますデス。
Posted by こんぶ at 2008年08月25日 23:35
マルヲさん

> 見た目も若くなっちゃったし・・・

まさに同感。
いきいきとね、輝いちゃってます、プレーも瞳も。
ほんと、淋しいなぁ。
Posted by さるお at 2008年09月06日 23:49
まーるさん

> さるおさんのデコ愛記事にハマって、一気にデコ・ワールドの虜になったんだよなぁと、

まーるさんのデコ好きは"さるおのデコ愛記事"からだったんすか?

> そしたらきっとね、デコ、「知ってるよ」って、言うと思います。

あはは!それおもしろい。
知ってくれてたら嬉しいんだけど、"知られてたらこわい"という気持ちのほうが強いのはなぜなのか(笑)。
Posted by さるお at 2008年09月06日 23:53
こんぶさん

> ミドルやFKあんなにお上手でしたかしら?

特にミドルなんかは"ポル代でこそ輝く"特長のように感じてましたが、最近思いっきり発揮してますねぇ。
バルサじゃなくて、チェルシーで(涙)。

> チームメイトに祝福されている小柄なデコさんが愛おしすぎるので、

小柄でヒゲ面の可愛いデコさん、もう狂おしい感じっす。(←愛しすぎ)
Posted by さるお at 2008年09月06日 23:57
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