2009年02月24日

映画鑑賞感想文『チェ 28歳の革命』『チェ 39歳 別れの手紙』 その2

さるおです。
昨日のエントリーの続きです。

考えてみれば、ゲバラはキューバで、ソ連相手に砂糖を売って、そのお金で石油とか機械とかをソ連から買って、工業分野もがんばろうや、と思っていた。アメリカはキューバを諦めたわけではない。だからある程度ソ連と仲良くするのはしかたないや、ソ連のミサイルをキューバに置いたりとかもしかたないや、そう思っていた。でも思い通りにはならなかったんですね。ソ連は砂糖を安く買って石油は高く売ろうとしたし、ミサイルのことはソ連とアメリカが勝手に話しあい「まぁまぁまぁ」ということになり(対米平和共存路線)、キューバは仲間外れにされました。そのころにはもう、理想郷だったはずのカストロ体制はソ連の庇護なしには維持できなくなっていたわけです。
だからゲバラは嫌になって"別れの手紙"を書いた。まだ世界のどこかに手に負える正義があると信じて、革命家に"なりたくて"、"別れの手紙"を書いた。勝利するまで私はキューバに帰らない。つまり、勝利したらキューバに帰ると。
社会主義は、帝国主義による搾取の共犯者になってはいけない。社会主義は、人間による人間の搾取をなくさなければ。ゲバラはそう演説し、ソ連にはもちろんソ連が名指しで批判されたのだとわかった。ゲバラって邪魔なヤツ、キューバに戻られても困る。
そのソ連の事情の延長線上でカストロは手紙を読むわけです。少しアレンジして。
「勝利する日まで。さようなら。チェより」
そんな感じに。
はぁ。もう帰るところはありません。無事に帰れる場所をすでに失ってしまいましたよ。
ここでゲバラは"解放すべき国"コンゴへ行くわけです。植民地だったんだから独立を認めるかわりにコンゴの一部をよこせというベルギー、コンゴ政府に金を出して共産主義国にしようと思うソ連、そこへゲバラが乗り込んで、ベルギーを追い出し革命を指導しようとした。でも行ってみたらコンゴ人はやる気ナッシングで、みんなついてきませんでした。
そしてボリビア、という流れです。ソ連の"対米平和共存路線"後のことです。事実上、ゲバラが戦った相手は、アメリカとソ連だった。ソ連はキューバにゲリラ支援をするなと言ってある。そして共産主義国という見返りがあるなら金は出してもいいけれど、戦争には関わりたくない、それがこのときのソ連。
そしてソ連とアメリカが地球のほとんどの場所で決定的な影響力を発揮していた時代です、まぁ今も同じだけど。共産主義、社会主義のあるところ、ソ連の力が及ばないわけがない。
で、あてにしていたボリビア共産党からの支援が得られなかった。事前に交渉して確実にしておくとかね、準備してないんだもん、これは予測すべきだったかもしれない。
政府は鉱山労働者を怖れている。ゲバラに吸収される前に叩いておこう。これも予測すべきだったかもしれない。
キューバで痛い目に遭ったアメリカが、ボリビアでは対ゲリラ戦の準備をしていた。これも予測すべきだったかもしれない。情報なんて漏れるもので、ボリビアにゲバラが来てるとわかった以上、ゲバラの都合を待ってくれるはずもないわけで。
そして、農民たちに裏切られた。そう、圧制なんてめずらしくもない、でも、理不尽な制度の中でこそ安穏と従って生きていく、その程度の弱さと愚かさと知恵を持っているのが国民というもの。搾取されることで生きていくことができる、"悪"であっても社会として成立している、そーゆー考え方が、たしかにあるんですね、ゲバラのような人にはわからないかもしれないけど、さるおだってほんとはわかりたくないけど。まさに映画『マンダレイ』っすよ。革命なんて必要なかったんだ。お百姓が畑を手に入れた、それでもういいんです。農民たちに"裏切られた"わけではなく、農民たちは"選んだ"、それだけだったんだなぁ。黄金の玉座に座る乞食、それは結局今も変わらないわけで。

なにかとてつもなく"負け戦"の匂いがします。
ゲバラのゲリラ部隊は小さくなるばかり。進路は無く、退路も閉ざされ、取り囲まれ、もうだめだ、白虎隊だ。

パンフレットを読んだらね、ベニグノの言葉が書いてありました。
「我々はボリビアの人々を、帝国主義がもたらす悲惨な状況から解放することを目指してそこへ行ったのではなかったか。しかし農民は、我々から逃げるばかりだった。それどころかしばしば、我々のことを官憲に密告するのであった。実際のところ我々は目隠しをしてそこへ行ったも同然だった。事前の政治工作もしなかったし、政治に関心がある農民との接触すらしていなかった」
胸が痛いっす。
どーして?
どーしてなんだ、チェ(ねぇきみ)?
ボリビア行きを決めたのは、ゲバラだったのか、それともカストロだったのか。チェ(ねぇきみ)、あなたとフィデルの間には、何があって、何が無かったのか。
ゲバラが広島で何を思い、何を理解し、何を理解しなかったのか、それも聞いてみたいし。

ゲバラは革命をこう定義した。
「最大多数の人民の幸福ために、人民多数派の自由意志で政策を決定して実行するのが革命」
夢見たのは、真の民主主義だったわけです。作品にゲバラの"思想"の部分は描かれていないんだけどね。
読みきれなかったゲリラ依存症の男。そう、それがゲバラだと思います。
この作品には、というかゲバラには、多くの"もしも"がつきまとう。もしもゲバラにどれかひとつでも読むことができたなら、どーなっていただろう。

違うか。
頭いい人だったんだよな。
革命家になりたかった軍医あがりのゲリラ屋。チェ(ねぇきみ)、あなたは革命家としての死に場所を求めていたんじゃないのか。いや、夢はすでに終わっていると知ってなお、革命家であろうとしたんじゃないのか。戻ることはできなかった。敗北への道を、知っていて歩いたんだ。革命家にはなれないと、知っていたんだ。チェ(ねぇきみ)、そうなんだろ?
バカなチェ。愚かな男。それでも現実は過酷すぎて、やっぱり全力で絶望と戦ってしまう、ほとんど自殺願望のゲリラ依存症の男。
そしてまた、ゲリラ屋ではなく医師であり続けたゲバラ。戦場にわざわざ怪我しに行って、わざわざ死にに行って、治療しまくるゲバラ。へんな人。さるおは少し胸が苦しいよ。
でもね、もしどれかひとつだけゲバラを選べと言われたら、ボリビアのゲバラを選んで記憶しておきたい。こんなクレイジーな人間が、歴史にはいてもいい。こんなクレイジーな人間が、歴史にはいたほうがいい。敗戦の道を行く、革命家になれなかったゲリラ屋が、人の歴史で輝いているなぁ。
チェ(ねぇきみ)、さるおはあなたがとても好きだと、伝わっているかな。

心ゆくまでさるお、もんち!
posted by さるお at 03:05| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画の感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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