さるおです。
1977年、奥寺さんがドイツに渡った。その強さと速さにドイツ人が惚れ込んだ。最高峰のドイツリーグで通用した日本の左ウィング。それはちょっと、驚異的なことだった。
その10年後、カズさんがブラジルを渡り歩きはじめた時代だった。1994年にセリエA(ジェノア)に行った初めてのアジア人はカズさん。44歳、まだまだやる。かっこいい。
FIFA100選に入って、アジア年間最優秀選手賞は2回、ついにはイタリア政府からカヴァリエーレ(功労勲章)ももらってしまったヒデさん。ペルージャ、ローマ、パルマ、ボローニャ、フィオレンティーナとイタリア中を渡り歩きイングランドにも渡った。U-17W杯、U-20W杯、U-23五輪、コンフェデ杯、W杯、日本代表として5つの世界大会すべてでゴールネットを揺らした唯一のアジア人選手。
天才すんすけさんも、レッジーナ、セルティック、エスパニョールと、欧州を渡り歩いた。
そんな時代があった。などと感傷的なことは言いたくないし思ってないが、いやぁ、次の、すごい時代が来たもんですね。
日本人が、ビッグクラブではなくて"超ビッグクラブ"に在籍する時代が来てしまいました。
長友さんはインテル、宇佐美さんはバイエルン、そして宮市さんがアーセナル入り。
すごい。
この3つは完全に"超"の部類っす。
さらに、この3つの"超"をも越えてしまったのが、久保建英さんのバルサ入り。
んもう、どーなってしまうんだ。
川崎のU-10チームに所属する小学4年生(10歳)のFWの選手ですよ。将来はプロ契約まで行くかもしれない。
バルサって、13歳未満の選手だと、カタルーニャ出身じゃないと基本的には契約しないんすよね。ということは、久保選手については特例っす。
がんばれ小学4年生。
わたくしなんぞ、小学4年生のころに何をしていたかというと、日課のようにイモ欽トリオの『ハイスクールララバイ』を歌い、好きなアニメは『まいっちんぐマチコ先生』で、ことあるごとにサブマシンガンをぶっぱなすポーズで「カイ、カン」とか言いながら、『窓ぎわのトットちゃん』は飽きてしまって読めなかった、という、つまりそーゆーアレですよ、ね。
がんばれわたくし。
心ゆくまでさるお、もんち!
2011年08月10日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック


