2005年09月03日

映画鑑賞感想文『クルーシブル』

さるおです。
『THE CRUCIBLE/クルーシブル』を観たよ。
監督は、主に舞台で知られるニコラス・ハイトナー(Nicholas Hytner)。
出演は、『A ROOM WITH A VIEW/眺めのいい部屋』、『MY LEFT FOOT/マイ・レフト・フット』、『THE LAST OF THE MOHICANS/ラスト・オブ・モヒカン』『GANGS OF NEW YORK/ギャング・オブ・ニューヨーク』のダニエル・デイ=ルイス(Daniel Day-Lewis)と、人食いレクターの『Manhunter/刑事グラハム -凍りついた欲望-』や『TUCKER: THE MAN AND HIS DREAM/タッカー』『FACE/OFF/フェイス・オフ』『PLEASANTVILLE/カラー・オブ・ハート』『THE BOURNE SUPREMACY/ボーン・スプレマシー』のジョアン・アレン(Joan Allen)、万引き女優ウィノナ・ライダー(Winona Ryder)。

劇作家アーサー・ミラーが赤狩り(反共産主義ヒステリー)への批判として書いた戯曲『坩堝(るつぼ)』を自ら映画用に書き直した作品である。
マサチューセッツ州のセイラム村で17世紀末に実際に起きた"魔女狩り"を、重厚な人間ドラマとして描いた。
根拠のない密告により村が分断され、集団ヒステリーが感染症のように共同体を覆い尽くす。

いい話なので書いてしまう。読みたくない方は読まないでね。

1692年、マサチューセッツ州セイラム。
農夫ジョン・プロクターは自らの信念に満ちたまじめな男、妻エリザベスはピューリタンでだんな以上にクソまじめである。ある時ジョンは召使の少女アビゲイルに惑わされ、うっかり浮気をしてしまうが、エリザベスにバレバレ。アビケイルはプロクター家を追い出される。
アビゲイルは叔父さんのパリス牧師んちに身を寄せるが、ジョンは忘れらんないしエリザベスは憎たらしいし、どうしてくれよう!呪い殺せ!って可愛い顔しておっかないのである。
パリス牧師は村で呪術の儀式が行われたことを知ると「悪魔と契約した魔女の仕業だ!」なんつって魔女逮捕に乗り出した。本当は、パリスはみんなを怖がらせて村を支配しようってなもんなんだけど、ボストンからは判事がやって来て、魔女狩りはどんどん激化する。
エリザベスを呪い殺したくて仲間を儀式に駆り立てたアビゲイルちゃん、本当はここでいう"魔女"とは彼女のことである。ところが魔女狩り裁判がはじまると、アビゲイルは仲間の少女たちを煽動して狂乱に駆り立て大芝居をうつようになった。いわばマインド・コントロール。アヒゲイルの暗示で少女たちはマス・ヒステリー状態に陥るのだ。その調子その調子、エリザベスを魔女に仕立て上げろ!だってジョンはあたいのもんだもの!
判事は少女たちを聖女と呼び、聖女が告発する魔女はつぎつぎに投獄された。人々は疑心暗鬼になり、証拠がなくても魔女を恐れた。町は恐怖に覆われてパニック状態である。

ジョンとエリザベスだけはアビゲイルの悪巧みに気づいているが、アビゲイルの真のターゲットであるエリザベスは既にアビゲイルの手中。魔女として逮捕されてしまう。
ジョンとしては妻を救いたいから、アビゲイルの仲間のひとりメアリーに「全部嘘なんです」と法廷で正直に話させる。法廷は動揺、今までのは誤逮捕かよ!それまでの全陳述が覆されたかに見えた。
逆に追いつめられてキレ気味だが1枚も2枚もうわてのアビゲイル、またまた発狂型の大芝居をはじめ、勢い余って「自分と姦通した」とジョンを糾弾。こうなったら自分だけでもたすかりたいぞ。まわりの少女たちも連鎖でヒステリーを起こし、法廷はさらなる大混乱に陥り、まんまと焦点は"ジョンはこの娘と寝たのか"にすり替わる。
嘘の嫌いなまじめ男ジョンは、しかたがないのでアビゲイルとの不倫を告白。1回寝たからって調子ん乗って執念深いアビゲイルがおかしなことをやってるんだぞと必死で陳述した。

ジョンの陳述は真実か、嘘か。
ここにこの魔女狩り映画の最大の悲劇とトリックがある。
ジョンの話が真実ならば、魔女はアビゲイル。しかし妻を裏切ったので、ジョンもやはり悪魔との契約者となる。たすかるのはエリザベスである。
嘘であれば、アビゲイルは聖女。ジョンは嘘をついたので悪魔との契約者であり、エリザベスも魔女のままである。

素晴らしくかわいそうなのはここからである。
ジョンの陳述は真実か、嘘か。
すべてを託されたのは、それまでのいきさつを知らずにそこへ連れてこられたエリザベスなのである。
ジョンはどうせたすからない。でもエリザベスのことはたすけたい。つまりジョンの望む結論は前者、エリザベスが「うちのだんなは正直者。浮気したの、ほんとだよ」と正直に話してくれことである。
しかし、ピューリタンでだんな以上にクソまじめなエリザベスが、信仰よりも大切にしたもの、事実よりも大切にしたものは、愛という名の真実であった。彼女は、浮気のことがおおやけになったらだんなの立場がまずくなると思って質問に答えるわけだから「うちのだんなはいい人で、悪いことしません。浮気なんてしてません」と否定してしまうのだ。
悲劇だ、悲劇、かわいそうだ。つまり、ジョンは浮気してないのに浮気したと証言した"嘘をつく人間"である、悪魔との契約者であると、審判は下されてしまったのである。
ジョンはエリザベスを救うために、エリザベスはジョンを救うために、望むのはただそれだけだったのに、かわいそうすぎる悲劇だぞ。
アビゲイルのことがおっかないメアリーも、またまたアビゲイル側に寝返り「今のは彼が無理やり言わせたんです」なんて言っちゃって、ジョン逮捕。夫婦ともに絶体絶命の大ピンチ。
追いつめられたジョンが叫ぶ「God is dead!」は深い。憤りの深さに、観ているこっちは思わずため息なんてついているが、画面の中ではこのセリフが事態をさらに悪化させている。"神は死んだ"・・・まずい言葉だ。神様は死んじゃだめなんだった。
ジョンとしては、腹は立つわ悲しいわで、殺してくれぐらいの気持ちで言っている。そのとおりになっちゃったぞ。

明日はジョンの絞死刑執行の日。法廷では失敗したが、最後のチャンス、エリザベスが夫を救う番である。
判事が出したある条件をクリアするために、夫と最後の対面を果たす。このシーンからは泣ける泣ける!さるお、号泣。鈍感なさるおでも、せつなすぎる会話から、胸が締めつけられるほどの愛といたわりを感じるぜ。
判事が出した条件とは「私は悪魔と契約を交わしました。ごめんなさい。もうしません」という書類にサインをすればたすけてやる、というもの。なぜならこの頃にはすでに判事も、この人たちを殺してはいけないって気がついているのだ。この魔女狩りは、どこかが間違っているのだ。
ここでエリザベスがさらにさるおを泣かせるのは、「サインしちゃって、汚名はともかく生きたらどうよ」と夫を強制しないところ。生きるもよし、無実だけれど誇り高く天に昇るのもよし、決めるのはジョンだと腹をくくっている。えらい。

ジョンとともに死刑になるのは善良で正しい心を持ったふたりの女である。嘘の告白をするくらいなら、尊厳を持って天に召されようという、勇気と正義に満ちた女ふたりである。
迷いに迷った揚げ句、そのふたりの前で、サインをしてしまうジョンに、「あたいらは尊厳死だよ」とふたりが言う。そして「この紙貼り出すぞ」と言われて考え直す。汚名は自分ひとりで充分。子供たちの将来に傷をつけてはならない。
ジョンも腹をくくったぞ。えらい。紙は破ってしまえ。
そして、死刑台にのぼり、祈りながら、誇り高く旅立てばよいのである。

ところで、アビゲイルはまんまと逃亡。
エリザベスは妊娠していたため命だけは助けられた。

と、ここまでが物語である。

この物語では、誰が本当の魔女か、何が本当の悪魔か、それをきちんと納得しないといけない。アビゲイルはもちろん魔女なんだけど、魔女を狩っていた側の裁判のシステムこそが悪魔である。
決して悪魔に魂を売り渡さない孤高のカップル、ジョンとエリザベス。ジョンはサインをした瞬間にこそ、たった今自分は悪魔と契約を結んでしまったと気づいたのである。だから、契約書を悪魔の手に返す前に、ただちに破棄してしまうのだ。

ちなみに、ジョンとは、イエスが十字架に架けられても片時も離れず、怖れに打ち勝ち、信じ続けた使徒の名である。
そしエリザベスという名前は、"神に誓う"という意味である。

なんとも悲劇だけど、誇り高い作品。観てよかったなぁ。

心ゆくまでさるお、もんち!
posted by さるお at 15:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画の感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
素晴らしい。
早くみたいです。
Posted by キャンディ at 2005年09月28日 22:56
キャンディさん
本当に素晴らしいよ。気高い作品です。是非観てねー!
Posted by さるお at 2005年10月03日 00:45
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